国際交流活動

国際交流、「国境を越えよう」日中友好コンサート 音楽は言葉や人種を越え、人々の共感を呼ぶことができます。また、音楽を通して、それぞれの国の歴史、伝統や風景を感じ取ることができます。日本と中国の音楽を通じて、民間における文化交流を増やし、お互い一人の人間として、共通の理解を深める事を目的としてコンサートを開催します。

 

「国境を越えよう」の始まりは、中国人作曲家の作品「濤声」がきっかけでした。この曲は、中国人の鑑真和尚が開山した唐招提寺にある、東山魁夷画伯が描いた障壁画「濤声」からインスピレーションを受け、それに基づいて書かれた曲です。このように日中の芸術家たちが互いに影響し合い、生まれた作品は他にもたくさんあります。「国境を越えよう」コンサートを通して、より多くの方々と一緒に国境を越えた音楽の物語を共有できたらと思っております。

 

また、2017年より音楽を学ぶ子供たちを日本へ誘致し、日本の音楽教育現場を見学・体験してもらい、フィルハーモニー団体などプロの音楽家との鑑賞交流会を行います。音楽を通して交流することで、言語・国境を超えた友好交流を果たし、相互理解を深めさらなる「平和」を実現することを目的としています。

 


2016年7月17日(日) 日中友好コンサート上海公演を開催


7月17日 ニエアルメモリアルコンサートを上海音楽庁で行いました。

千人を超える現地の観客にご来場いただき、日本と中国の名曲を披露しました。

日本の演奏者が中国の名曲を弾くことは大きな反響を得て、音楽を通じた交流を実現することができました。

 

後援団体の上海市人民対外友好協会、在上海日本国総領事館、神奈川県日中友好協会、横浜日中友好協会、湘南日中友好協会をはじめ、たくさんの応援とご支持まことにありがとうございました。


2015年3月29日(日) 第三回 国境を越えよう~聶耳メモリアルコンサート~開催


テーマ人物:聶耳

 

 2015年、中国の国歌を作曲した「聶耳」が藤沢市鵠沼海岸で没後80周年を迎えます。     聶耳の来日をきっかけに藤沢市と昆明市の絆が生まれ、友好交流が行われてきました。

 

聶氏は24年間の生涯で、人々に元気を与える多くの歌曲を創作しました。藤沢市で滞在している間も、決して穏やかな気持ちではなかったが、きっと鵠沼海岸の景色に勇気付けられたと思われます。    

 

この特別な年で、中国と日本の音楽、そして、聶耳先生の歌曲を藤沢市で演奏し、更なる両国間の相互理解と友好促進を図ることを目的としています。        



2014年6月22日 第二回「国境を越えよう」日中友好コンサート


テーマ人物:李香蘭

 

「李香蘭」は旧満州国に生まれた日本人で、当時は日本人である事を公開せず中国人スターとして活躍していました。二つの国を愛しながら、自分のアイデンティティに葛藤していました。女優としても歌手としても爆発的な人気でしが、第二次世界大戦の終焉とともに、中国の活動を終え日本に帰国しました。

 

1945年5月—戦争の真最中、李香蘭は上海の大光明大戯院で、中国最後の公演「夜来香ラプソディー」を行いました。中国人作曲家の黎錦光が書いた代表曲「夜来香」に基づき、日本人の作曲家服部良一氏がアレンジを加え、当時東洋一と言われる外国人メンバーで構成されている上海交響楽団の伴奏で、三日間の公演を行ったそうです。 人々は戦争中であることを忘れ、音楽に熱狂していました。

 

第二回のコンサートでは、二十世紀以降に創作された作品を中心に、日本と中国の音楽家たちの触れ合いから生まれた作品とともに、国境を越えたエピソードや音楽を紹介します。



2013年9月15日 第一回「国境を越えよう〜日中友好コンサート〜」


開催日:2013年9月15日  会場:海の見えるホール  

テーマ人物:鑑真和尚  

 

鑑真和尚の生涯に感銘を受けた東山魁夷画伯が、唐招提寺御影堂におさめた障壁画「山雲濤声」から生まれた同名曲「濤声」。  

 

曲を作った中国人作曲家・汪立三氏は、五度の難破により、十二年にわたる苦難を経てようやく来日することができた鑑真和尚の思い、そしてそれを描いた東山画伯に心を打たれたといいます。  

 

こうして生まれた組曲「東山魁夷画意」の中から生まれ、絵画と同じ名前を持つ曲を、鑑真和尚没後1250年にあたる今年、日中の演奏家が揃って演奏することで、日本と中国の深い結びつきに、改めて感謝したいと思います。